4月 132017
 

産経新聞 によると。

 「やり残したことはない」。フィギュアスケートの世界選手権を3度制しながら、五輪で金メダルに手が届かず「悲運の女王」と呼ばれた浅田真央(26)が競技生活に別れを告げた。12日、東京都内のホテルで行われた記者会見では「気持ちはすごく晴れやか」と現在の心境を語り、最後まで「真央ちゃんスマイル」を貫いた。

 国民的アスリートの引退会見とあって、会見場には海外メディアを含め計約430人の報道陣が詰めかけ、混乱を避けるために開場時間が30分以上前倒しされた。

 午前11時半すぎ、白のジャケットに黒いスカート姿で現れた浅田。おびただしい数のカメラのフラッシュを浴びながら、「選手生活を終える決断をしました。長い選手生活ではたくさん山があったが、乗り越えられたのは支えてくれた方、たくさんのファンの応援があったから」と笑顔で感謝を述べ、深く一礼した。

 引退を決断した理由については、自己最低の12位と低迷した昨年の全日本選手権を挙げた。若手の台頭や体力的に厳しかった中、上位に入れなかったことで日本代表の選考対象から漏れ、「もういいんじゃないかな」と思ったという。

 ソチ五輪後の現役復帰の際は2018年平昌五輪への出場を目的に掲げた。それだけに「これまで言ってしまったことは最後までやり通してきたので、やらないと行けないという思いの方が強く、ここまで(引退の決断が)延びた」と葛藤があったことも明かした。

 ただ、現役復帰後のシーズンで成績が低迷したことについて問われると、「ソチのシーズンで選手を終えていたらまだできたと思っていたかもしれない。気持ちも体も全部出し切ったので悔いはない」と回答。最後の全日本選手権で、自らの代名詞でもある技「トリプルアクセル」に挑んだことについては「挑戦して終われたことは自分らしかった」と力強く語った。

 今後は「どんな形でもスケートに恩返しできる活動がしていきたい」とフィギュア界に携わっていく意向を示し、若手選手に対しては「これまで(自分が)スケート界を引っ張ってこれたかなと思う。今度は若い選手が若いパワーで引っ張っていってくれれば」とエールを送った。

 自分にとってフィギュアスケートがどんな存在だったのかを問われると、「難しい」とはにかみつつ、「一言で言うと人生」と答えた浅田。時折、「緊張している」とコップの水に口をつけ、終始笑顔だったが、最後に席を立ってあいさつした際は、感極まって声を詰まらせ、後ろを向く一幕も。再び笑顔で振り向くと、「(今後は)新たな道を見つけて、笑顔で前に進んでいきたい」とマイクを置き、手を振りながら会見場を後にした。

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