2月 222014
 

デイリースポーツ によると。

 万感のラストダンスだ!ショートプログラム(SP)16位の浅田真央(23)=中京大=は、フリーで自己ベストとなる142・71点をマークし、合計198・22点で6位入賞を果たした。銀メダルを獲得した10年バンクーバー五輪以降、苦労してきたトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を今季初めて完璧に成功。2大会連続のメダルは逃したが、2011年12月に亡くなった母匡子さん(享年48)とともに目指してきた最後の夢舞台で、最高の演技を天国に届けた。

 誰もが待っていた浅田真央の姿だった。フィニッシュと同時に涙があふれ出る。嗚咽(おえつ)が漏れる口を左手で押さえ、気持ちを落ち着かせて周りを見渡すと、総立ちの観客から温かい拍手が降り注いでいた。涙が笑顔に変わる。それはいつもの、誰をも元気にする、お日様のような笑顔だった。

 「今回、メダルという形を残すことはできなかったけど、自分の中で最高の演技ができたので良かった。支えてくれた方々に恩返しができたと思います」

 SPの出遅れでメダルは絶望的な中、攻めに攻めた。転倒が続いていた“宝刀”トリプルアクセルを、こん身の力を振り絞って決めると、一気に勢いに乗った。バンクーバー五輪以降、佐藤信夫コーチの下で一から見直してきた全6種類の3回転ジャンプはわずかな回転不足もあったが、着氷し続けた。

 ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」に命を吹き込むかのような力強い滑りで、リンクを駆け巡る。終盤は振り付けのタラソワ氏から「陸上100メートルの世界王者のように」と教えられてきた全身全霊のステップが、力強い軌跡を描いた。美しいスパイラルを終え、フィニッシュで右肘を思い切り天に突き上げた瞬間、すべての思いは昇華した。

 前日のSPではジャンプすべてに失敗し、16位に沈んだ。「あんなに練習したのに、どうして」‐。気持ちは迷路に迷い込んだ。朝の練習後には涙も流した。出口はなかなか見つからない。それでも最後は自分を信じ、扉をこじ開けた。

 バンクーバー後は全くトリプルアクセルが跳べなくなった。周囲の期待が重圧となり、期待に応えられない自分を責めた。スケートから離れようと思うことも増えた。ただ、どんな時でも最後は逃げずに立ち向かった。「どんなに辛くても、試合はやってくる。自分が浅田真央であることからは逃れられない」。そう自分に言い聞かせてきた。人生最高の大一番。最後の最後に真央が真央であることを証明した。

 「最後の五輪」と位置づけた2度目の夢舞台。金メダルには届かなかった。それでも達成感、充実感が真央の体を駆け巡っていた。「やりきったという気持ち。4年間やって良かった」。誰よりも氷の上に立ち続けた。誰よりも転び、誰よりも跳んできた23歳のスケート人生のエピローグ。銀盤のヒロインはまぶしい笑顔で、夢舞台に別れを告げた。

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