3月 062014
 

産経新聞 によると。

 「天才少女」たちが、おとなになったな、と思える瞬間がある。たとえば、卓球の福原愛が負けても泣かなくなったとき、「人間として成長したんだな」と、少しうれしくなった。

 浅田真央にとっての今回の五輪もまたしかりである。ただ、それはリンクの中の出来事にではなく、帰国後、彼女の発した言葉のなかにこめられていた。

 思うに、4年前のバンクーバー五輪銀メダリストへの今回の期待は過剰といってよかった。個人的には、その重圧をはねのけ、何色であってもメダルを持ち帰ってくれば本当に大したもの、と考えていた。

 理由は手ごわいライバルたちの存在にある。大会直前の欧州選手権でリプニツカヤ、ソトニコワというロシアの2選手とイタリアの強豪コストナーが表彰台に立った。そこに、前回覇者の韓国・金妍児(キムヨナ)も出場してくるという。浅田が彼女らを振り切るためには、ひとつのミスも許されないというプレッシャーのなかで戦わねばならなかった。

 しかし、ご存じの通り、浅田はショートプログラム(SP)で16位とつまずいた。最初のトリプルアクセル(3回転半)の失敗が、最後まで尾をひいてしまったのだ。ライバルたちの出来と得点をみれば、この時点で早くもメダル獲得は絶望的になってしまったといえる。

 その翌日、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の講演での、そこまで言わなくても、のひとことが、世間をさわがせた。「見事にひっくりかえった。あの子、大事なときには必ずころぶ」

 しかし、その森会長の言葉を吹き飛ばす演技を、浅田はフリーで見せた。音楽が終わったとき、自らも涙をみせるほど、心のこもった演技だった。さすがに森会長も、これには色を失ったことだろう。

 帰国しての記者会見で、浅田は森発言について感想を求められた。「もう終わったことなので私はなんとも思ってないです」

 この言葉で、森会長は救われた。そこに、浅田の人間としての成長を見るのである。「森さんはああいう発言をしてしまったことについて、ちょっと後悔しているのではないかなと思います」

 ソチを超えたことで、浅田は間違いなくひと回り大きくなった。去就が注目されているが、おとなになった浅田をもうしばらく見ていたい、と思うのは僕だけだろうか。

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